この記事では、食品分析の分野で活躍する皆様に向けて、重要な分析技術であるELISA法とイムノクロマト法について、その基本原理である抗原抗体反応から分かりやすく解説します。ELISA法は高感度な測定が可能であり、食品中の微量な食物アレルゲンや残留農薬、カビ毒などの検出に広く用いられています。一方、イムノクロマト法は迅速かつ簡便な操作性が特徴で、現場でのスクリーニング検査などに適しています。それぞれの原理、特徴、メリット・デメリット、そして食品分析における具体的な応用例を詳しく紹介し、両者の違いと比較、適切な使い分けについても考察します。この記事を通して、抗原抗体反応を利用した分析技術への理解を深め、より適切な分析法の選択と実践に繋げていただければ幸いです。目次食品の安全・安心を守るためには、その成分を正確に分析する技術が不可欠です。特に、食物アレルギーの混入、残留農薬、食中毒菌の汚染などは、消費者の健康に直接影響を与える可能性があるため、迅速かつ高感度な検出が求められます。こうしたニーズに応える強力なツールとして、生命の精巧な仕組みである「抗原抗体反応」を利用した分析法が広く活用されています。食品分析の現場で特に重要な役割を果たしているのが、ELISA(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)法とイムノクロマトグラフィー(Immunochromatography)法です。ELISA法は、その高い感度と定量性から、研究室レベルでの精密な分析に用いられることが多い一方、イムノクロマト法は、特別な機器を必要とせず、短時間で結果が得られるため、製造現場や受け入れ検査などでの迅速なスクリーニングに適しています。しかし、「ELISAとイムノクロマトって、具体的に何が違うの?」「どんな時にどちらを使えばいいの?」と疑問に思っている品質管理者や研究者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。また、これらの分析法の基礎となる抗原抗体反応の原理について、改めて整理したいと考えている方もいるかもしれません。この記事では、食品分析に携わる皆様を対象に、ELISA法とイムノクロマト法について、基礎から応用まで、できる限り専門用語を避け、平易な言葉で解説していきます。それぞれの技術の原理、特徴、長所・短所を理解し、実際の食品分析の場面でどのように活用されているのか、具体的な事例を交えながらご紹介します。さらに、両技術を比較し、目的に応じた最適な分析法を選択するためのヒントを提供します。この記事が、皆様の知識の整理と、日々の研究・分析業務の一助となれば幸いです。1. 抗原抗体反応とは? - 免疫測定法の基礎ELISA法やイムノクロマト法を理解する上で、まずその基本原理である抗原抗体反応について知る必要があります。これは、私たちの体にもともと備わっている免疫システムの中核をなす反応です。1.1. 抗原と抗体:特異的な結合の仕組み抗原 (Antigen): 体内に侵入してきた異物(細菌、ウイルス、花粉、食物中の特定のタンパク質など)や、体内で異常に作られた物質(がん細胞の目印など)のことです。免疫システムは、これらの抗原を「自分ではないもの(非自己)」として認識します。抗体 (Antibody): 抗原が侵入してきたときに、それに対抗するために体内の免疫細胞(B細胞)が作り出すタンパク質です。抗体は、特定の抗原だけを狙って結合する能力を持っています。免疫グロブリンとも呼ばれます。食品分析でよく利用されるのはIgGという種類の抗体です。1.2. 鍵と鍵穴の関係:特異性の重要性抗原と抗体が結合する様子は、よく「鍵と鍵穴の関係」に例えられます。特定の鍵(抗体)は、特定の鍵穴(抗原)にしかぴったりとはまらないように、一つの抗体は基本的に一種類の抗原(または非常によく似た構造の部分)にしか結合しません。この性質を特異性といいます。この高い特異性があるからこそ、たくさんの物質が混ざり合っている食品サンプルの中から、目的の物質(例えば、特定のアレルゲンタンパク質や残留農薬など)だけを選択的に検出することが可能になるのです。1.3. 免疫測定法の基本原理免疫測定法とは、この抗原抗体反応の特異性を利用して、サンプル中に含まれる特定の物質(抗原または抗体)を検出したり、その量を測定したりする分析法の総称です。ELISA法やイムノクロマト法も、この免疫測定法の一種です。多くの場合、目に見えない抗原抗体反応を可視化するために、「標識」と呼ばれる目印を利用します。標識物質: 抗体(または抗原)に、検出可能な目印となる物質を結合させます。 酵素: ELISA法で使われます。特定の基質と反応して色が変わったり、光ったりする酵素(西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)やアルカリホスファターゼ(ALP)など)が用いられます。 金コロイド粒子: イムノクロマト法でよく使われます。目に見える赤い色の粒子です。 その他、蛍光物質や放射性同位体などが使われることもあります。この標識物質からのシグナル(色の濃さ、光の強さ、線の有無など)を検出することで、目的物質の存在や量を測定します。2. ELISA法とは? - 高感度測定のスタンダードELISA(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay、酵素免疫測定法)は、抗原抗体反応と酵素反応を組み合わせることで、微量な物質を高感度に検出・定量できる分析法です。特に、食品中に含まれる食物アレルゲン、残留農薬、動物用医薬品、カビ毒、ホルモンなどの測定に広く用いられています。2.1. ELISA法の原理:酵素反応でシグナルを増幅ELISA法の基本的な流れは、マイクロプレート上で抗原抗体反応を行い、結合した抗体に標識された酵素の活性を測定するというものです。酵素は触媒として働き、少量の酵素でも多くの基質を反応させることができるため、シグナルが増幅され、高感度な測定が可能になります。ELISAにはいくつかの方法がありますが、ここでは代表的なものを紹介します。2.1.1. サンドイッチ法食品中の抗原(食物アレルゲンタンパク質など)を測定する場合に最もよく用いられる方法です。マイクロプレートのウェル表面に、検出したい抗原に対する抗体(捕捉抗体)を吸着させておきます。抗原を含むサンプルを加えます。抗原が捕捉抗体に結合します。洗浄して、結合しなかったサンプル成分を取り除きます。酵素で標識した、同じ抗原の別の部位に結合する抗体(検出抗体)を加えます。抗原を介して「捕捉抗体 - 抗原 - 標識検出抗体」というサンドイッチ構造が形成されます。洗浄して、結合しなかった余分な標識検出抗体を取り除きます。酵素の基質を加えます。標識酵素が基質を分解し、発色や発光が起こります。このシグナルの強さは、サンプル中の抗原量に比例します。2種類の抗体で抗原を挟み込むため、特異性が高く、夾雑物が多いサンプル(食品抽出液など)の測定に適しています。2.1.2. 競合法分子量の小さい物質(残留農薬、カビ毒、ホルモンなど)の測定によく用いられます。抗体が結合できる部位(エピトープ)が一つしかないような場合に有効です。抗原競合法:マイクロプレートのウェル表面に、検出したい抗原に対する抗体を吸着させておきます。 酵素で標識した抗原と、抗原を含むサンプルを同時に加えます。 サンプル中の抗原と標識抗原が、ウェル上の抗体に対して競合して結合します。サンプル中の抗原濃度が高いほど、標識抗原が結合できる場所が少なくなります。 洗浄して、結合しなかったものを洗い流します。 酵素の基質を加えます。 発色・発光シグナルを測定します。このシグナルの強さは、サンプル中の抗原濃度が低いほど強くなります(反比例の関係)。抗体競合法:マイクロプレートのウェル表面に、検出したい抗原を吸着させておきます。 抗原に対する抗体と、抗原を含むサンプルを同時に加えます。 サンプル中の抗原とウェル上の抗原が、サンプルに加えた抗体に対して競合して結合します。 洗浄します。 ウェル上の抗原に結合した抗体を検出するために、酵素標識二次抗体を加えます。 洗浄して、酵素の基質を加えます。 発色・発光シグナルを測定します。このシグナルの強さも、サンプル中の抗原濃度が低いほど強くなります。競合法では、サンプル中の抗原濃度とシグナル強度が反比例の関係になる点が特徴です。2.2. ELISA法の特徴:メリットとデメリットメリット:高感度: 酵素反応によるシグナル増幅効果により、pg/mL(ピコグラム/ミリリットル)~ng/mL(ナノグラム/ミリリットル)レベルの微量な物質も検出可能です。高い特異性: 抗原抗体反応の特異性を利用するため、夾雑物が多いサンプル中でも目的物質を選択的に測定できます(特にサンドイッチ法)。定量性: 標準物質を用いて検量線を作成することで、サンプル中の目的物質の濃度を数値として算出できます。多検体処理: マイクロプレート(通常96ウェル)を用いるため、一度に多くのサンプルを処理できます。比較的安全: 放射性同位体を使用しないため、安全に取り扱えます。デメリット:操作が煩雑: 試薬の添加、インキュベーション(一定時間反応させること)、洗浄といったステップが多く、手間と時間がかかります(通常、数時間~1日)。熟練が必要: 正確な結果を得るためには、ピペット操作などの手技に熟練が必要です。操作者の違いによる誤差が生じる可能性もあります。専用機器が必要: マイクロプレートリーダー(吸光度や蛍光・発光強度を測定する機器)やプレートウォッシャー(洗浄を自動化する機器)などが必要です。抗体の品質に依存: 結果は使用する抗体の性能(特異性や親和性)に大きく左右されます。間接的な測定: 酵素反応を介するため、直接的な測定法に比べて誤差要因が多くなる可能性があります。2.3. 食品分析におけるELISA法の応用例ELISA法は、その高感度と定量性から、食品の安全性や品質管理に関する様々な検査に利用されています。2.3.1. 食物アレルギーの検出食物アレルギーを持つ人にとって、原因となる食物アレルゲン(特定原材料等)の摂取は深刻な健康被害を引き起こす可能性があります。日本では食品表示法に基づき、特定原材料8品目(えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生)の表示が義務付けられ、特定原材料に準ずるものの表示が推奨されています。食品製造工程での意図しない混入(コンタミネーション)を防ぐ管理や、最終製品での食物アレルゲン含有量を確認するために、ELISA法を用いた検査キットが広く利用されています。特に、加工食品中に含まれる微量なアレルゲンタンパク質を高感度に検出・定量できる点が重要です。※食物アレルゲン表示や「くるみ」の追加について詳しく知りたい方は、こちらの記事もぜひご覧ください。👉【いよいよ4月1日施行!くるみアレルゲン表示義務化のポイント総まとめ】2.3.2. 残留農薬・動物用医薬品の検査食品の安全性を確保するため、農作物に使用される農薬や、家畜に使用される動物用医薬品には、残留基準値が定められています。ELISA法は、これらの化学物質を迅速かつ高感度にスクリーニングする手法として利用されています。特に、分子量の小さい農薬成分などを対象とした競合法のELISAキットが開発されています。ただし、ELISA法は特定の化学構造に対する反応を見ているため、構造が類似した他の物質にも反応してしまう(交差反応)可能性があり、陽性反応が出た場合は、LC-MS/MS(液体クロマトグラフィー質量分析法)などのより精密な機器分析法で確認することが一般的です。2.3.3. カビ毒(マイコトキシン)の測定カビ毒(マイコトキシン)は、カビが産生する有害な化学物質で、穀類、ナッツ類、香辛料、乾燥果実などを汚染することがあります。アフラトキシン、デオキシニバレノール(DON)、パツリンなど、様々な種類のカビ毒について、食品中の基準値が定められています。ELISA法は、これらのカビ毒を検出・定量するための有効な手段の一つとして、特に競法のELISAキットが用いられています。残留農薬と同様に、スクリーニング法として利用され、陽性や基準値に近い場合は機器分析による確認が必要です。※カビ毒について詳しく知りたい方は、こちらの記事もぜひご覧ください。👉【カビ毒問題に強くなる!基礎知識から最新動向まで一気に理解】2.3.4. 食中毒菌由来毒素の検出黄色ブドウ球菌が産生するエンテロトキシンや、病原性大腸菌(O157など)が産生するベロ毒素など、一部の食中毒菌は食品中で毒素を産生し、食中毒の原因となります。これらの毒素を直接検出するために、ELISA法が用いられることがあります。菌そのものを培養して検出するよりも迅速に結果が得られる場合があります。2.4. ELISA法の操作手順と注意点ELISAキットは様々なメーカーから市販されており、基本的な操作手順は共通していますが、キットごとに最適化されたプロトコル(手順書)が付属しています。必ずその指示に従ってください。ここでは一般的なサンドイッチELISAの流れと注意点を挙げます。一般的な操作手順:試薬の準備: キットに含まれる試薬(抗体固相化プレート、標識抗体、標準液、基質液、反応停止液、洗浄液など)を室温に戻し、必要な濃度に調製します。標準液・サンプルの添加: 標準液(既知濃度の抗原溶液)とサンプル抽出液を、それぞれ指定されたウェルに添加します。通常、測定はN=2~3行い、平均値をとります。一次反応(抗原と捕捉抗体の結合): プレートを適切な温度(室温または37℃など)で一定時間インキュベーションします。洗浄: ウェル内の未反応物を洗浄液で洗い流します。手動またはプレートウォッシャーで行います。洗浄が不十分だとバックグラウンドが高くなり、過剰だと結合物が剥がれて感度が低下するため、丁寧に行う必要があります。標識抗体の添加: 酵素標識された検出抗体溶液を各ウェルに添加します。二次反応(抗原と標識抗体の結合): 再びプレートを適切な温度で一定時間インキュベーションします。洗浄: 未反応の標識抗体を洗浄液で洗い流します。酵素反応: 基質液を各ウェルに添加し、適切な温度・時間(遮光条件下が多い)でインキュベーションします。酵素反応により色が変化したり、発光したりします。反応停止: (発色反応の場合)反応停止液を加えて酵素反応を止め、色の変化を安定させます。測定: マイクロプレートリーダーを用いて、各ウェルの吸光度または発光強度を測定します。データ解析: 標準液の測定値から検量線を作成し、サンプルの測定値を検量線にあてはめて、サンプル中の抗原濃度を算出します。注意点:温度と時間: インキュベーションの温度と時間は、反応効率に大きく影響します。プロトコルに記載された条件を正確に守ってください。試薬の調製: 試薬の濃度間違いや混合順序の間違いは、正しい結果を得られない原因となります。ピペット操作: 正確な容量を添加・吸引することが重要です。ピペットの精度管理も欠かせません。チップはウェルごと、試薬ごとに交換し、コンタミネーションを防ぎます。洗浄操作: ELISAの成否を左右する重要なステップです。洗浄液の量、回数、吸引の強さなどを均一に行う必要があります。キットの保管: キットは指定された温度(通常は冷蔵または冷凍)で保管し、有効期限内に使用してください。交差反応性: キットが目的物質以外の類似物質にも反応しないか(交差反応性)、キットの取扱説明書で確認が必要です。特に、加工度の高い食品では、加熱などによりタンパク質が変性し、抗体が認識しにくくなる可能性も考慮します。マトリックス効果: 食品サンプル中の共存成分(脂肪、糖、塩分、pHなど)が抗原抗体反応や酵素反応を阻害または促進し、測定値に影響を与えることがあります(マトリックス効果)。適切なサンプル前処理(抽出、希釈など)が必要です。3. イムノクロマト法とは? - 迅速・簡便な検査イムノクロマトグラフィー(Immunochromatography, IC)法は、抗原抗体反応とクロマトグラフィー(毛細管現象による物質の移動)の原理を組み合わせた分析法です。特別な機器や複雑な操作を必要とせず、短時間(数分~15分程度)で結果が目視で判定できるため、「迅速検査キット」として広く普及しています。妊娠検査薬やインフルエンザの診断キットなどが身近な例ですが、食品分野でも活用されています。3.1. イムノクロマト法の原理:毛細管現象を利用した簡易測定イムノクロマト法のキットは、一般的に短冊状のデバイス(テストストリップ)の形をしています。このストリップは、いくつかの部分(パッドやメンブレン)が連結されて構成されています。典型的なサンドイッチ型イムノクロマト法の原理:サンプル添加: デバイスのサンプルパッドに、液体状のサンプル(食品抽出液など)を滴下します。標識抗体の移動: サンプルは毛細管現象によってストリップ内を移動し始め、コンジュゲートパッドに到達します。ここには、検出したい抗原に特異的な抗体(検出抗体)が、色のついた粒子(金コロイド粒子など)で標識された状態で保持されています。サンプル中の抗原は、この標識抗体と結合します。メンブレン上の反応: 抗原と結合した標識抗体、および結合しなかった標識抗体は、さらにサンプル液と共にメンブレン上を移動します。メンブレンには、以下のラインが引かれています。 テストライン (T): 検出したい抗原に対する別の抗体(捕捉抗体)が線状に固定されています。サンプル中に抗原が存在すると、「捕捉抗体 - 抗原 - 標識検出抗体」というサンドイッチ複合体が形成され、標識粒子の色(例:赤色)によって線が現れます。 コントロールライン (C): 標識検出抗体に結合する抗体(例:抗マウスIgG抗体など)が線状に固定されています。サンプルが正常にメンブレン上を移動し、標識抗体が活性を失っていなければ、抗原の有無に関わらず、ここに標識抗体が結合して線が現れます。このラインは、検査が正しく行われたかどうかの指標となります。判定: 一定時間後(キットにより異なる)、テストラインとコントロールラインの色の有無を目視で確認します。 陽性: テストラインとコントロールラインの両方に線が現れる。 陰性: コントロールラインのみに線が現れる。 無効: コントロールラインに線が現れない(テストラインの有無に関わらず)。サンプルの添加量が不適切、キットの劣化などが考えられるため、再検査が必要です。競合型のイムノクロマト法も存在し、主に低分子化合物の検出に用いられます。この場合、サンプル中の抗原濃度が高いほど、テストラインの色が薄くなるか、現れなくなります(ELISAの競合法と同様、シグナルが反比例)。3.2. イムノクロマト法の特徴:メリットとデメリットメリット:迅速性: 結果が数分から15分程度で得られます。簡便性: 特別な機器や専門的な技術はほとんど不要で、誰でも簡単に操作できます。常温保存可能: 多くのキットは常温で保管できます。低コスト: ELISA法に比べて、初期導入コストやランニングコストが低い傾向があります。現場での使用に適している: 持ち運びが可能で、電源も不要なため、食品工場や受け入れ検査、厨房など、検査室外でのスクリーニング検査に適しています。デメリット:感度が比較的低い: 一般的に、ELISA法ほどの高感度は期待できません。検出限界が高い(=ある程度の濃度がないと検出できない)場合があります。定量性が低い: 基本的には陽性か陰性かの判定(定性試験)が主であり、正確な濃度を求めるのは困難です。ラインの色の濃さである程度の濃度を推定できるキットもありますが、精度は高くありません。特異性の問題: ELISA法と同様に交差反応の可能性があります。また、食品マトリックスの影響を受けやすい場合があり、偽陽性(本当は陰性なのに陽性と判定される)や偽陰性(本当は陽性なのに陰性と判定される)のリスクがあります。プロゾーン現象:イムノクロマト法におけるプロゾーン現象とは、本来なら陽性となるはずの検体で、反応がうまく起きずに偽陰性となる現象を指します。原因は、抗原(検出対象物質)が過剰に存在することです。判定の主観性: ラインの色の有無や濃淡の判定が、判定者の主観に左右される可能性があります。3.3. 食品分析におけるイムノクロマト法の応用例その迅速性と簡便性から、主に一次スクリーニングや現場での自主検査などに活用されています。3.3.1. 食中毒菌の迅速スクリーニングサルモネラ属菌、リステリア・モノサイトゲネス、カンピロバクター、病原性大腸菌O157など、特定の食中毒菌を迅速に検出するためのキットがあります。食品や調理環境の拭き取りサンプルから、短時間で菌の存在有無を確認できます。ただし、生菌数を測定しているわけではなく、菌体成分(抗原)を検出している点に注意が必要です。3.3.2. 食品アレルゲンの簡易検査製造ラインの洗浄確認(適切に洗浄され、食物アレルゲンが除去されているか)や、原材料の受け入れ検査などで、特定の食物アレルゲンの有無を迅速に確認するために利用されます。ELISA法ほどの感度はありませんが、一定濃度以上の混入を簡便にチェックできます。3.3.3. 残留農薬の一次スクリーニング特定の農薬について、基準値を超えるような高濃度の残留がないかを迅速に確認する目的で、競合タイプのイムノクロマトキットが利用されることがあります。3.4. イムノクロマト法の操作手順と注意点イムノクロマトキットの操作は非常にシンプルですが、正しい結果を得るためにはいくつかの点に注意が必要です。一般的な操作手順:キットとサンプルの準備: キットとサンプル抽出液を準備します。必要に応じて、キットを室温に戻します。サンプル抽出: 食品サンプルの種類に応じて、指定された方法で抽出液を調製します。多くの場合、専用の抽出液がキットに付属しています。サンプル滴下: 抽出液を、デバイスのサンプル滴下部に、指定された滴数だけ滴下します。静置: デバイスを水平な場所に置き、指定された時間(例:10分、15分など)静置します。この間に反応とクロマトグラフィーが進行します。判定: 指定された時間が経過したら、テストライン(T)とコントロールライン(C)の出現パターンを目視で確認し、陽性、陰性、または無効を判定します。判定時間を過ぎてからの判定は、結果が変わることがあるため避けます。注意点:キットの取扱説明書: 必ずキット付属の取扱説明書をよく読み、指示に従って操作してください。サンプル抽出方法、滴下量、反応時間、判定方法はキットごとに異なります。サンプル抽出: 正確な結果を得るためには、適切なサンプル抽出が重要です。抽出効率が悪いと、実際には抗原が存在しても検出できない(偽陰性)可能性があります。サンプル量: 滴下するサンプル量が多すぎたり少なすぎたりすると、正常なクロマトグラフィーや反応が妨げられ、正しい結果が得られないことがあります。反応時間: 指定された反応時間を守ってください。時間が短すぎると反応が不十分で偽陰性になったり、長すぎると非特異的なラインが出現したりする可能性があります。保管条件と有効期限: キットは指定された条件(多くは常温、湿気を避ける)で保管し、有効期限内に使用してください。開封後は速やかに使用します。マトリックス効果: 食品の種類によっては、成分が反応を妨害したり、偽陽性を引き起こしたりすることがあります。キットが対象とする食品マトリックスに適しているか確認が必要です。あくまでスクリーニング検査法: イムノクロマト法は、基本的に高感度な定量分析や確定診断には向きません。陽性の結果や疑わしい結果については、ELISA法、PCR法、機器分析などで確認することも検討が必要です。4. ELISA法とイムノクロマト法の比較:どちらを選ぶべきか?ELISA法とイムノクロマト法は、どちらも抗原抗体反応を利用した優れた分析法ですが、それぞれに得意なこと、不得意なことがあります。目的や状況に応じて適切な方法を選択することが重要です。4.1. 感度と定量性高感度・定量性が必要な場合 → ELISA法食品中にごく微量しか存在しないアレルゲンや残留農薬、カビ毒などを、ppb(ng/g)レベル以下の精度で測定する必要がある場合。 法的な基準値と比較するために、正確な濃度を知りたい場合。 研究開発で、微細な濃度の違いを評価したい場合。4.2. 特異性どちらの方法も抗体の品質に依存しますが、一般的にサンドイッチELISAは2種類の抗体で挟み込むため、高い特異性が期待できます。イムノクロマト法でも特異性の高いキットはありますが、非特異反応による偽陽性のリスクはELISA法より高い傾向があるとも言われます。いずれの場合も、使用するキットの交差反応性データを確認することが重要です。4.3. 操作時間と簡便性迅速性・簡便性が最優先される場合 → イムノクロマト法食品製造ラインでの洗浄確認や、原材料の受け入れ検査など、その場で素早く結果を知りたい場合。 検査に多くの人手や時間をかけられない場合。 専門的な知識や技術を持たない人でも簡単に使える必要がある場合。4.4. コスト初期投資やランニングコストを抑えたい場合 → イムノクロマト法 測定頻度が低い場合や、予算が限られている場合。ただし、多数のサンプルを頻繁に測定する場合は、検体あたりの単価はELISA法の方が安くなることもあります。4.5. 測定機器の要否検査室に専用機器がない、または現場で測定したい場合 → イムノクロマト法精密な測定機器が利用できる環境がある場合 → ELISA法4.6. 目的に応じた使い分け:適材適所の選択一次スクリーニング → イムノクロマト法 多数のサンプルの中から、陽性の可能性のあるものを素早く絞り込む目的で使用します。「怪しいもの」を見つけるためのふるい分けとして有効です。確認試験・精密検査 → ELISA法 イムノクロマト法で陽性となったサンプルや、より正確な濃度測定が必要なサンプルに対して、確認のためにELISA法を用います。定量分析→ ELISA法 濃度を知りたい場合にはELISA法が適しています。このように、ELISA法とイムノクロマト法は競合する技術というよりも、それぞれの長所を活かして補完的に利用されることが多い技術と言えます。5. 食品分析における抗原抗体反応利用の現状と今後抗原抗体反応を利用した分析技術は、食品の安全・安心を支える上で欠かせないものとなっています。5.1. 食品表示法とアレルギー検査2015年に施行された食品表示法では、食物アレルギー表示が義務化・推奨されており、食品事業者には適切な表示と管理体制が求められています。ELISA法やイムノクロマト法は、原材料の管理、製造工程でのコンタミネーション防止策の検証、最終製品の確認検査など、食物アレルギー表示の信頼性を担保するための重要なツールとして活用されています。消費者庁からも、アレルギー物質を含む食品に関する検査法として、ELISA法が通知に収載されています。イムノクロマト法は通知に収載されていませんが、自主検査として使用されています。5.2. HACCP制度と微生物検査食品衛生管理の国際標準であるHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)の制度化に伴い、食品事業者には科学的根拠に基づいた衛生管理計画の策定と実行、そしてその効果の検証が求められています。食中毒菌などの微生物検査はその重要な検証手段の一つです。従来の培養法は結果が出るまでに時間がかかるため、迅速性が求められる場面では、イムノクロマト法などの迅速検査キットが補助的な手段として活用されています。※HACCPについて詳しく知りたい方は、こちらの記事もぜひご覧ください。👉【HACCPって結局なに? 日本の食品業界を変えた制度をまるごと解説!】5.3. 食品偽装問題と検査技術の役割産地偽装や原材料のすり替えといった食品偽装問題が後を絶ちません。特定の原材料(例:特定の魚種)に由来するタンパク質を特異的に検出するELISA法などが、偽装を見抜くための科学的な証拠を提供する技術として期待されています。5.4. 迅速検査キットの普及と現場での活用イムノクロマト法に代表される迅速検査キットは、特別な設備や専門知識がなくても扱えるため、食品工場、流通、小売、さらには行政の監視指導の現場など、様々な場面で活用が広がっています。これにより、問題の早期発見やリスク管理の強化に貢献しています。5.5. 技術開発の動向:より高感度・迅速・多項目同時測定へELISA法やイムノクロマト法は、今後も改良が進むと考えられます。感度の向上: より微量な物質を検出するための技術開発(例:新しい標識物質、シグナル増幅技術)。迅速化: ELISA法の操作時間の短縮、イムノクロマト法のさらなる迅速化。多項目同時測定: 一度の測定で複数のターゲットを同時に検出できるマルチプレックス化技術定量性の向上: イムノクロマト法でも、リーダーを用いてラインの濃淡を数値化し、定量性を高める試み。スマートフォンで写真撮影し、画像解析する試みもされています。自動化: ELISA操作のさらなる自動化による省力化。これらの技術革新により、食品分析における抗原抗体反応の利用は、さらに効率的かつ高精度になり、食品の安全・安心への貢献度を高めていくでしょう。6. まとめ本記事では、食品分析に携わる皆様に向けて、抗原抗体反応を基盤とする二つの重要な分析法、ELISA法とイムノクロマト法について解説しました。抗原抗体反応は、抗原と抗体が特異的に結合する現象であり、この特異性を利用して食品中の特定の物質を検出するのが免疫測定法です。ELISA法は、高感度・定量的な分析法で、マイクロプレートリーダーなどの機器が必要です。定量検査に適しています。イムノクロマト法は、毛細管現象を利用した迅速・簡便な分析法で、特別な機器は不要です。現場でのスクリーニング検査に適しています。両者にはそれぞれメリット・デメリットがあり、測定の目的(スクリーニングか精密検査か)、求められる感度・定量性、利用可能な設備、かけられる時間やコストなどを考慮して、適材適所で使い分けることが重要です。また、これらの方法は非常に有用ですが、交差反応やマトリックス効果などの限界も理解した上で、必要に応じて他の分析法(機器分析やPCR法)による確認を行うことが、信頼性の高い分析結果を得るために不可欠です。食品の安全を取り巻く状況は常に変化しており、分析技術にも継続的な進歩が求められています。この記事で得られた知識が、皆様の日常業務や研究活動において、より適切な分析法の選択と実践、そして食品の安全・安心への貢献に繋がることを願っています。◆ PR記事執筆・講習会・販売支援のご依頼はこちらから ◆「こんなテーマで記事を読んでみたい」「1時間程度の社内・社外向け講習会を開催してほしい」「製品やサービスのPR記事を執筆してほしい」「製品のリンクを掲載してほしい」「自社製品・サービスの販売を取り扱ってほしい」などのご要望・ご相談がございましたら、お気軽に質問フォームよりご連絡ください。皆さまの声をもとに、より実用的な情報発信を目指してまいります。